ぶどう

昨年何とかうちでも自家製ワインができないものかと、がんばって植えたメルローとジンファンデール。 
なんと今年はたくさん実をつけた。
残念ながらワインメーカーは1バレル(一樽)からしか受けつけてくれないらしく(ちなみに1バレルに必要なぶどうは約500kg)ワイン作りはあえなく断念。 
でも本当にたわわに実ったぶどう、味は最高で粒をつんでもっぱらぶどうジュースで楽しんでます。

昨年何とかうちでも自家製ワインができないものかと、がんばって植えたメルローとジンファンデール。 
なんと今年はたくさん実をつけた。
残念ながらワインメーカーは1バレル(一樽)からしか受けつけてくれないらしく(ちなみに1バレルに必要なぶどうは約500kg)ワイン作りはあえなく断念。 
でも本当にたわわに実ったぶどう、味は最高で粒をつんでもっぱらぶどうジュースで楽しんでます。


うちの裏山の奥(といっても車で50分ぐらい)は、LIVERMOREバレーといい一大ワインカントリーだ。朝晩の冷え込みは、この時期ですでに0度ぐらいまで下がるが昼間は20度近くまで上がるという、この温度差が素晴らしく甘いぶどうを作り出すのだ大体50件近いワイナリーがある。基本的には小さなところが多く、そういう意味ではお店で手に入らないワインを見つけることができる。そしてこのワインカントリーにはかなり前衛的なワイナリーが多く自分の好みにあった逸品を見つけるにはうってつけだ。
先週末は、そんなワイナリーの中にあるゴルフ場でゴルフ。10月の収穫期をすぎ、11月の声を聞くと、ワインカントリーはいっせいに黄金郷に変わる。夏場は雨が降らない典型的な北カリフォルニアの禿山と黄金に染まるブドウ畑、そして見事な青空がキンとした秋の空気と見事に調和している。日没は早くなったけど、短いカリフォルニアの秋を感じさせる、ほのぼのとしたひと時だった。
朝一にいつものサンタクルーズへ。前日あれだけの素晴らしいダイビングコンディションだったので波はないだろうな~と思って行ってみたら案の定無かった(あまりに寒くて写真もピンボケ。)。。。でも誰もいなかったので少しだけ乗れそうな波を見つけて入水。1時間ほど入る。何と初めて水面から海底が見えた。このポイントに20年通ってもしかしたら初めての経験。そのくらい水が綺麗だったということだ。
午後から年に一度、恒例になっているシリコンバレーの著名な友人たちを集めての宴会。海老とウニにつられて久しぶりにジェリーも登場(笑)。自分は作るのにばたばたしてたけど、エビありアワビありウニありの豪勢で、そしていろいろな話もはずんで楽しい宴会になった。
毎年この会が終わると庭でのパーティーはおしまい。そして北カリフォルニアには本格的な秋が訪れる。
バースデーのアクシデントにより、順番が前後してしまったけど、先週末の8月1日に恒例の自分にとってはバースデーヨセミテ、ハーフドーム登頂を今年も達成した。
ハーフドーム全景(Photo by Terry)
もともとは体力と気力の維持のため(年とともにはっきり衰えてくるんだよね~)40歳からはじめたこの登頂も6回目(42~44までは休止)。最近は8ヶ月前からジョギングやヨガなどで調整し、おかげさまで故障もなく達成している。前日にキャンプインし、大量の炭水化物ディナーを取って早めに就寝。今年はさらに早く朝3時半出発。全行程22.4km(行きはほとんど登り)を登り4時間半。帰りも4時間半で踏破できた。
山頂は相変わらず素晴らしい眺めで、お決まりのハーフドーム先端で記念撮影。
昔は本当に高所恐怖症で縮み上がっていた、ケーブルも難なくこなす事ができるようになった(Photo by Satomax)。
今回は8人の仲間で登頂、皆無事に帰還でき、最高のBEERを味わうことができた。この日は勿論簡単に全員撃沈。
翌日(最終日)は恒例の川遊びと魚釣り。
清流はどこまでも清く、緑の美しさと空の青さもまた格別。
そして釣り上げた天然ものの虹鱒は、その色の鮮やかさが全然違う。これまた最高の味!
というわけで、今年も年に一度の一大イベントは最高の環境で最高の仲間と過ごす、最高の時間の中で終わりました。達成感で気力も充実! このパワーで今年一年頑張ります!

本来ならいつも恒例のヨセミテバースディTRIPの話題と自分の抱負などを書くはずなのだが、昨日3日、誕生日当日に悲惨な出来事が…。
2日にヨセミテから大満足で戻ったのもつかの間、急遽客先のケアで3日に日本から出張者が来ることになり、朝6:30AMのフライトでサンディエゴへ。ところが本来12時に到着予定のFLTに入国で時間のかかった出張者は乗ることができず次のフライトへ回され、おまけにその飛行機が1時間の遅れ。なんかこのときからちょっとやな予感…。結局サンディエゴに3時半到着で出発は4時。一路前に書いた灼熱の町メヒカリへ2時間半のドライブ。ようやくアメリカ側の国境の町カリキシコに到着し、ボーダー脇にある入国事務所へVISAを取る為に車を停めて歩いて出張者と向かう。
INTERNATIONAL BOARDERまで350yardの看板もあり、検問のアーチの手前にある入国事務所でビザの手続きを済ませ戻ろうとしたところ(上の写真。左側の奥に検問のアーチが見えて、建物は右側の奥にある。そこまでは勿論鉄格子も何もない。どうもボーダーパトロールの車から先がメキシコという解釈のようだ…)、いきなりアメリカのオフィサーが現れ「お前達いまメキシコに入っただろ。メキシコ側に戻って正規の入国検問を通って戻って来い!」との事。でもメキシコの入国事務所の建屋は明らかに360ヤードより手前だし、問題ないと思った等色々と釈明したが、「だめだ!一度国境を越えたんだからメキシコへ戻れ!さもないと逮捕する!」ときつく言われた。いやあ困った。というのはちょっと入国事務所によるつもりだったので自分は車を路駐し、おまけにTシャツ、短パンにサンダル履きで財布と携帯しか持ってない。つまりパスポートが無いので、一度メキシコに入ってしまったら出てくることができないのだ…。パスポートは何とサンディエゴのアパートに置いたまま…トホホ~。ただどうしようもないので、そのままメキシコに入国し、すぐに訪問予定のお客さんに電話し何とかパスポートを取りに行って貰えないかとお願いしたところ、「OKですよ」との返事をもらって、ほっと一息、とは言うものの往復で5時間(Kさん本当にありがとうございました)@@!申し訳ありませんでした。
で、出張者に家の鍵と地図を渡し、アメリカ側に戻ってもらい(彼はパスポートがあるので問題なく出国できた)自分はボーダー近くのホテルに一人投宿することになった。当然、着替えなどは何もなく(気温は35度はあって既に汗だく…)歯ブラシなど必要最低限のものを購入し、一人寂しくホテルのレストランで食事をし、Kさんと連絡を取り合いながら、うまくパスポートのピックアップをしてもらったことを確認。すこし安心したものの、その後はまったく意味不明のスペイン語のTVを見て、味のわからないテキーラを寂しく飲んで就寝。今朝6時過ぎにパスポートを届けてもらってようやく無事アメリカに出国できた次第…。いやあ参った。。今まで20年以上メキシコに出入りしているのに勿論初めての経験。おそらく一番悲惨なバースデーになりました。
皆さんもボーダー越えなくても検問も結構あるので、メキシコに近づくときにはパスポートをお忘れなく!
日曜日からテキサス南端の町メキシコ湾側に近いMcALLENへ怒涛の出張。目的はその町からまたまたボーダーを超えたメキシコ国境の町レイノサにある日系メーカー訪問。ここはAUTOMOTIVE関連企業の集約地でもある。でもアメリカの自動車市場は未だ即死状態でレイノサの景気も冴えない。日曜日にダラス経由でマッカレン入りする予定が雷で飛行機が着陸できず、代わりにオースチンに緊急着陸というハプニングがあり、6時間近く機内にカンズメ。結局目的地には月曜午前に到着し、その日は40度の気温の中、数社を訪問。
そして今日火曜日は朝5時にマッカレンを出発し機内からメキシコ湾からのぼる最高のサンライズを拝んで7時半にダラス到着。なんと朝7時からやってる空港のBARのカウンターにて朝からビールで仕事をこなす。
そのあと9時半のフライトでサンディエゴに午前10時半(時差があるので2時間戻る)に到着。と怒涛の3日間だった。というわけでいつもこの日記で遊んでばかりいると思われてるので、仕事してる事も書いてみました(というか何時もまじめに働いてるけど…)。
でも今日はまだ半日あるので早めに仕事片付けて夕方はクールダウンに行く予定です。
ここのところ、カリフォルニアも暑い日が続いているが、今日はサンディエゴから内陸に2時間ほど入ったメキシコの町メヒカリに出張(というかサンディエゴにいるときは何時もボーダー越えてメキシコで仕事してますが)。ところで豚インフルエンザはなんだったの?というくらいメキシコでは話題にものぼってないんだけど、さてこの内陸の町が灼熱地獄(隣町は日本のヤクルトスワローズが冬場キャンプに来るYUMAがあります)なのだ。
少し郊外に出ると写真のような砂漠です。今日の気温は45度@@!湿気がない分まだましだがそれでも刺す様な暑さ。で、45度がどんなものかというと、先ず車のエアコンは内部より外気の暑さと太陽光線の凄さに押されて冷え切らない。次にPARKINGした車が良い例になるけど、社内に置いたコールドDRINKは全てホットDRINKになる(飲めないくらいの熱さ)。メンソレータムLIP類は全て液体になる。そしてハンドルに触ると火傷しそうになる、見たいな感じ。勿論外にはいられません。。。
でもここはメキシコのBC州の州都もあるような人口の多い町。人間の適用力には妙に感心してしまいます。ところで日本もだんだん最近は温暖化の影響で夏場の温度が上がってるけど、そのうち40度オーバーなんてこともあるんでしょうかね?
シリコンバレーで最も成功したうちの一人である友人宅のパーティにお邪魔してきた。バレーの中でも超高級住宅地の山の中腹の一角にあり、シリコンバレーをすべて眺めることができる。最近完成したばかりの豪邸はミッドシェンチュリーをモチーフにしたモダンなデザインに和のテーストが融合した見事な出来栄え。建築好きの自分にとっては感動ものだ。ホームオフィスを含めた部屋数は10ぐらいだろうか、和室をはじめホームシアター、ビストロサイズのワインセラー、サウナと室内ジャグジは勿論、何と室内ゴルフレンジまで完備。広大な庭にはミニコンサートサイズのパティオ、プールとスパ、そしてブドウ畑と果樹園が広がっている。とにかく素晴らしいの一言に尽きた。
この豪邸を目の当たりにして、「いいな~羨ましい」とため息で終わるか「よし!自分もとにかくチャンスを信じて頑張るぞ!」と気持ちを新たにするか、さて皆さんはどちらでしょう?
少なくとも自分にとっては溜息の反面、新たな夢を見るいい機会にりました!ありがとう!
親友でカメラマンでもあるヒロサーフさんが新しいテーマで写真を撮るために機材一式を持参してうちに来た。
部屋の中に簡易スタジオを作り、家にある椅子やら調度品を並べて、
自慢の旧式のカメラでポートレートを撮影。
正直なところ写真撮影に時間をかけること自体、経験がないだけに違和感があったけど出来上がった写真を見てちょっとびっくり。勿論カメラマンの腕前なのだろう、写真に重みがある。自分の全てが出てきちゃってる感じ。そんな人物の生き様がにじみ出たポートレートを撮影することが今回のテーマらしい。昔の人が魂を取られちゃうと思ったという写真撮影は、実は本当なのではないかと少し思ってしまった。出来上がった作品はこちら。
そういえば前回モントレーに行った際に立ち寄った港の桟橋の先端の魚屋ROYALシーフード。ここは荷揚げされた魚をその場で捌いて販売しているのだが、お店の珍客は何とペリカン。
店の外にたむろしていて、中でおばさんが魚を捌き始めると、のこのこ歩いて入ってきて、おこぼれのあらを頂戴している。そして満足すると、またのこのこと歩いて(飛んだりしない)店を出ていく姿は何とも微笑ましい。モントレーならではの光景かも。。。
10年前の1月19日に自分の会社を設立した。スピンアウトとか起業というと聞こえはいいが、そのきっかけは勤めていた会社の倒産によるところが大きい。その前の10年間はこの会社のアメリカ現地法人の駐在員としてアメリカ駐在。1995年から同社の代表を務めていたが、親会社は倒産する1年ぐらい前からだいぶおかしかったので(毎月銀行残高の半分を送金しろとか、やたらと意味不明の要求が増えてきた)、倒産する2ヶ月前に社長の座をおり、自分でレップとして働く事を決めていた。私の代わりに日本から新しい社長が赴任してきて間もない1998年の9月30日に親会社の倒産第一報が入る。海外の現地法人ゆえ限られた情報しかない中で真相を確かめるという名目で日本に帰った新社長は、そのままトンずらし、唯一残された私がなぜか責任を取らされる羽目になり、親会社の倒産に伴い日本の裁判所の指示でCLOSEすることになった現地法人の清算業務に携わった。会社を作ることが簡単なだけに清算業務は想像以上に難しい事を痛感(でも素晴らしい経験になった)。結局3ヶ月以上かかって何とかその作業を乗り切ったが、その間も客先への報告回りや今後の対応に関しての説明に奔走していた。そして今までお世話になった客先に迷惑をかけられないとの思いから自分でそのサポートを始めるべく会社を設立したのが1999年の1月19日だった。
最初は勿論事務所をもつ金もないので、空いていた自分の家の一室でスタート(上の写真)。前の会社から少し引き継いだ備品などは自宅のガレージに保管した。その先3年間はHOMEオフィスで業務を継続。本当に公私のない日々だった。それにしても自分は本当にいいお客さんに恵まれたと思う。倒産した会社の人間など、普通は相手にもされないのに、殆どの取引先が信用のない自分の会社に快く口座を開設してくれた。手形というシステムのないアメリカだからこそ資金繰りにも苦労せずやってこれたのだと思う。4年目に初めて知り合いの会社に間借りのかたちで事務所を移り、色々なこともたくさんあったけれども今まで何とかやってこれた。会社の規模は設立当時と殆ど変わっていない。そういう意味では会社としての成長は無いかもしれないが、少なくとも自分の生業として10年間喰うに困らず生活してこれた事には満足している。
さて、この10年間を懐かしく振り返る余裕など無く、次の新しい10年をどうするかについて真剣に考えなければならない。100年に一度と言われる大不況の中で迎えた10周年。確かに昨年は弊社も大幅減益を余儀なくされてしまった。人員の削減もせざるを得ない状況になった。加えてビジネス(事業)の寿命という点から見ても10年が一つの節目であるという話を昨年の夏に梅田さんから伺い、その当時徐々に鮮明になってきたアメリカ大不況の様相と相まって、早く色々と新しいビジネスについて考えていかなければと思っているうちに急激な円高で業績が急激に悪化。その状況にまったく余裕が無いまま年が明けてしまった。
それではどうするか…。年頭のブログにも書いたのだが、とにかく今年は「状況に順応して柔軟に生きる」ことを目標としたい。受注が減って仕事に余裕ができてしまった分は、いままで余裕が無くてできなかったマーケティングや新規事業に向けてのリサーチに使おう。円高の状況が変わらないのであれば、日本への輸出を含めたビジネスの展開に目を向けてみよう。とにかく何事にもTHINK POSITIVEで忙しくする事によってきっと何かが見えてくるはずだ。10年前、会社を設立した時は本当に何も考えていなかったと思う。会社が無くなって「どうなってしまうのだろう?」という不安以上に「どうにかなるでしょ」みたいな気持ちが強かった気がする。ちょうどその翌年シリコンバレーではITバブルが崩壊し、これまた深刻な不況だった筈なのだが、当時は本当に「タイムラビット(とよく言われた)」のように落ち着き無くあちこち走り回らずを得なかった状況だったので、まったくといっていいほどその不況の中にいた実感がない。さすがに今回は自分の会社の経営を揺るがすほどのインパクトがあるのだが、当時のパッションを再び踏襲すべく、できるだけ前向きに立ち向かいたいと思っている。
これまた偶然にも1月20日にはアメリカの新大統領が就任する。オバマ氏は私と同じ47歳。誕生日も一日違いの8月4日(私は3日)生まれだ。おまけに今年は年男ときている。私の方から一方的にかなりの親近感を持っているのだが、そんな彼が未曾有の大不況、問題山済みの中東を中心とした国際情勢。そして混迷を極めるアメリカ経済の建て直しに「YES WE CAN」のスローガンを掲げて立ち上がる。私も立場はまったく違うが負けてはいられない。彼のチャレンジを少しでも見習い自分の支えにして今年から始まる次の10年も疾走してみたい。
あけましておめでとうございます!
不景気、情勢不安、数々のマイナス要因を抱えての2009年。どんな年になるでしょうか?ここへ来て20日に大統領に就任するOBAMA氏のスローガンがぐっと重みを帯びてきました。
<YES, WE CAN. WE CAN CHANGE !>
私も、この気持ちを胸に混迷の時代の状況に合った生き方を模索していきたいと思っています。
というわけで年末はサンディエゴからの帰りにLAでHUNTING。 運よく伊勢海老とウニをGETし、大晦日は友人夫妻と最後の晩餐。
いつもながら楽しい年越しになりました。
2009年は、皆さんに有り余るほどの幸が来ることを祈ります!
月曜日の仕事のため今日(28日)の朝サンノゼを出発し夕方にサンディエゴへ。約800kmのドライブ。今日は年末で道路もスムーズで単独ドライブもあまり苦にならなかった。サンデェイゴは空気は大分冷たいものの天気は快晴(ちなみに上の写真は今日の波ではないです。スミマセン)。
夕日がこれまた美しかった。
考えてみたら、仕事のケアの為(よく建前といわれるが)サンディエゴに居を構えシリコンバレーのサンノゼとの2重生活を始めてから早10年が過ぎた。平均して月のうち10日ぐらい過ごすサンディエゴはパシフィックビーチという観光地で海まで3分という立地に住んでいるので波乗り&ダイビングには最高。そして北とは大きく異なり気候も温暖で夏は裸で海に入れるし雰囲気も本当にのんびりしていて、とにかく快適だ。
実は仕事の客先の多くが、このサンデェイゴに近接したメキシコにあるので、極端な話こちらに移り住んだほうが仕事の効率にもいいのだが自分には完全に移り住む勇気がない。なぜなら毎日波があれば海に入り波が無ければダイビングで魚突き、そして、ひねもすTシャツと短パンで快適にすごせる環境では、間違いなく仕事をやらなくなる自分が目に見えているからだ。
というわけで2009年も今までどおりの2重生活が続きそうだ(もちろん家賃を払い続ける事ができればだけど…)。
日曜日の夕方は嵐の前の静けさ?で、雲が多いものの日差しが覗いていた。雲のかかり方が良い感じだったので久々の素敵な夕焼けを期待して海まで散歩に出かけた。内海からみた太陽は見事なオレンジ色を醸し出し、外海は風の影響でかなりラフだったが、ちょうどサンセットに間に合って素晴らしい眺めだった。夕日をみると何時も一日の無事に感謝したくなる。身近に鑑賞できる自然芸術の最高傑作。いつ観ても感動!
この8月3日でついに47歳になった。このごろ感じることは一年がほんとうに早いことだ。まさに光陰矢のごとし。一日といわず一時間をも無駄にできないという状況をしっかり理解する必要がある。今年は1月から仕事の調子は円高と原油高の影響ですこぶる悪く、自分の生業のことももっと真剣に考える必要がありそうだ。それにもまして健康には十分留意しなければならない。ちなみに今年のハーフドームは往復8時間で制覇。自分をほめたい気分だが、この体力を維持できるように頑張って生きたいと思う。
恐ろしいものだ。もう2008年だ。この4月に私は在米20年を迎える。まだ日本にいたときのほうが長いけど、この調子でいったら逆転もあっという間だろう。今年でなんとこれまたびっくりの47歳。好きなことをがむしゃらにしてきたおかげで、外見はまだまだだけど内部の衰えはやはり隠せない。まず健康第一が基本だな。とりあえず仕事ももちろん精力的にこなすけど、もう少し頭を使った展開を今から真剣に考えたい。